涙もろい日々

最近は涙もろくて…。

歳のせいか、カラダのせいか、精神的なものなのか…、わかりませぬ。
TVでせきららなドキュメンタリー番組などを見ていて、気付くとツツ~っと涙が流れていたり、片付けをしていて昔に想いを馳せては涙が出たり、困ったものです。感受性、強すぎ? とにかく切実な「一生懸命」に弱いです。

いつも言っていることだけれど、「持たない暮らし」を目指し始めて数年。当初、家の中の三世代分の片づけに3年計画で取り掛かったような気がするけれど、もっと掛りそうです。5年計画に修正!

2011年の暮れまでに、お祖母ちゃんとお祖父ちゃんのモノたちを整理しました。2012年は、私がビョーキになったので、お祖母ちゃんの仙台箪笥を修復しただけで、片付けはあまり進みませんでした。そして2013年、やっと気持と身体に余裕が出てきたので、お母さんの箪笥の整理に取り掛かっています。

先日から、お母さんの「嫁入り箪笥」の一番上の引き戸のところと、小さな引き出し3つをチェックしました。色々なものが出てきて、本当に驚きます。何十年も「取ってあった」からです。私が見たことのない、お母さんが十代の頃に大切にしていた物たち。それから、お父さんの結婚当初からの給与袋。全部取ってありました。私たち姉妹の通信簿や母子手帳、お母さんの手作り日誌も出てきました。他にも驚きのものたちが満載です。

そして、そして一番のダイナマイトは、お父さんがお母さんに宛てた「書簡」。簡単に言えば、ラブレター。電話など無かった時代です。その「書簡」は、結婚前の交換と、結婚後のものとが別々のところに仕舞われていました。結婚後のものは、母が一番上の姉を身籠った後、なんらかの理由で実家に戻っていたらしい時期のものでした。1-2通読んでいたら、涙が出てきてしまいました。そしてそのうち号泣してしまい読めなくなりました。

悲しいのでもなく、嬉しいのでもなく、自分が生まれる前の両親の有りようを、何十年も後に、両親が他界してから生々しい形で知ったことへの衝撃。この気持をどう表現したらいいのか分かりませぬ。当時の状況、小説になりそう…。自分が知らない親の姿を、歴史番組か何かで知らされるような不思議な気分。それにしても、父があんなに能弁でロマンチストだったなんて、ショック以外の何ものでもありません。父が書いたものなど、論文と年賀状と手帳と確定申告と走行日誌くらいしか知りませんでした。手紙の中には、短歌が詠まれていたり引用されていたり…。日本語では到底恥ずかしくて書けなかったのか、英語で綴られていた一文があったり…。
こういうものたち、どうすればいいのか分かりません。簡単に捨てられないし、こういうものを残してあの世へ旅立つなんて…。

今流行っている「終活」は、時代背景も手伝っているけれど、良いことであるに違いありません。昔は、死んだ後は子供が何とかしてくれる…というのが一般的な価値観だったように思うけれど、今は子供に迷惑は掛けたくない…というのが当たり前になってきていると思います。子供がいなければ、もっと切実です。子供として、私は今、迷惑だなんて感じていないけれど、途方にくれていることは確かです。

全ての人にとって必ずしも必要(可能)ではないかもしれないけれど、自分が死んだ後のことも考えておかないといけないかもしれない。
極端に言えば、生きてきた証を片付けるって、結構勇気が要ります…。でも、未だ覚悟が足りませぬ。

そんなこと考えると、また涙が出ちゃう…。
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お母さんが少女時代に大切にしていたものが箪笥から見つかりました。
まるでタイムカプセル。中原淳一は、今、ブームらしいです。
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by tomtom2006T | 2013-02-11 23:21 | DIARY | Trackback | Comments(0)

ジャズ・マドンナ<十萌子>の、徒然なるままに・・・。


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